どうしても刺青、タトゥー景温・入れ墨の本音

刺青の歴史

なぜ、入れ墨は避けられる

入れ墨(タトゥー)をファッションのひとつとして取り入れ、認知されるようになったのはつい最近のことだ。

そもそも、なぜ、入れ墨を入れること、入れている人を「悪」とし問題視するのか?日本では江戸時代に刑罰として、人目にさらされる額や腕に印しとして入れ墨をいれられた。


黥刑(げいけい)と言う。

そして、明治時代には政府が入れ墨を禁止したため地下に潜った。

現代でも銭湯やジムの入場を断られたり、周囲に悪い噂が立つなど、入れ墨をいれた結果の問題点も多いです。

そして、何と言っても一番大きく影響を与えているのが、やくざとの関わりだろう。


入れ墨とやくざが結びついた理由としては、黥刑(げいけい)があげられる。

1720(享保5)年以来、黥刑を刑罰に採用するようになった。

当時の刑法では、

重罪で死刑か流刑

軽罪で国払い、敲、入れ墨、追放の四種がもうけられていた。


藩によって入れ墨の形態が異なっていたようだ。

例えば、筑前の国では額に


一度目の刑の際に「一」

二度目に「ナ」

三度目に「犬」


という文字を完成させることもあったようだ。

「犬畜生にも劣る人間」ということだろうか。

黥刑をなぜ老若男女を問わず科したかといえば、再犯者を発見するのに役立ち、周囲の人々に警戒させるためであった。

ひとたび入れ墨者になると、一生前科者として扱われ周囲の信用を得ることは不可能であった。